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July 17, 2010

関東地区聖書を読む会の報告

学Yに連なる皆様

有住です。
先日7月9日に行われた関東地区聖書を読む会の報告です。
テスト前・レポート期間にも関わらず、3人の学生が来てくれました。
また若手シニアも数名参加し、現役学生と若手シニアが共に集える場になっております。

関東在住のシニアのみなさんも、ぜひぜひご参加ください。
一緒に聖書をめくりながら、いろいろなお話をしましょう。

さて、報告です。
今回は、東京に出張集であった板野靖雄さんも参加され、
全員で自己紹介をした後、少し長い自己紹介として、
先日のトップリーダーシップでお話された中から、
聖研についての部分を語っていただきました。

普段、何気なく行っている学Y聖研ですが、
こうして観念的な言葉や理論的な視点で捉えなおしてみると、
いろいろな発見があり、学Y聖研のおもしろさを改めて言語化することができました。


今回の箇所は、マルコ8:22-26「ベトサイダで盲人をいやす」という箇所。
以下、当日参加者から発せられた言葉(有住による抜粋)です。
また、それぞれの場でこの箇所を読む際に、
それぞれの読みとつき合わせて、学Y聖研がつながって、広がっていけば、と思います。


・盲人はどこからやってきて、何処に帰されたのか。
・イエスが「この村に入ってはいけない」と言ったのはなぜ?
・「村の外」と「村の中」はひとつの境界線として象徴的に描かれているのではないか。

・イエスが「村の外」で癒しを行ったことは何を意味しているのか。
・イエスが癒しをおこなったとき、周りの人々の反応が描かれていない。近くに誰もいなかったのではないか。
・この癒しはひっそりとおこなわれ、非常にささやかな奇跡として描かれている。
・「村の中」というのは、マジョリティの世界ではないか。目が癒されたことによってマジョリティの世界に戻ることができた盲人をイエスは「村の中に入ってはいけない」と言う。これは「マイノリティ」にとどまり続けるというメッセージなのではないか。
・短い箇所をみんなでじっくりと掘り下げることができてよかった。
・短く、詳しい説明がない箇所なだけに、奇跡が際立つ。
・「家に帰された」という一文が最後に置かれているのはなぜか。

などなど、これ以外にもいろいろな意見が出ました。
もしこれから聖研をされる学Yや地区があれば、
この箇所を取り上げて、それぞれで読んだ感想や出てきた意見を、
メーリングリスト等で共有するのも、いいかもしれませんね。

それぞれの聖研の感想や様子もメーリングリストに流してくれればうれしいです。

次回は夏休みを挟んで、10月におこなう予定です。

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